経験と教育(ジョン・デューイ)を読む:第2章「経験についての理論の必要」編

経験と教育(デューイ)第2章「経験についての理論の必要」の章では、経験には、それが快適なものであるかといった直接的な側面と、経験がその後の経験にどのように影響を及ぼすかという側面である。未来の望ましい経験につながる経験の連続性の原理の理解が大切である。その原理は、単純であるが容易なことではない。新教育に相応しい種類の教材、方法、そして社会関係を創り出すことのほうが、伝統的教育の場合よりはるかに困難な課題なのである。それを実現する新教育においては組織化による自動的な判断する傾向から脱却する必要がある。

経験と教育(デューイ)伝統的教育を特徴づけている組織化というものが、たとえそれが教育内容(あるいは教材)の組織化であるにせよ、また教育の方法や社会関係についての組織化であるにせよ、その組織化の種類によって、組織化というものを考える傾向から脱却しなければならない#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)新教育は成長の原理と調和しているが、他方、旧教育では教材や方法の選択や、その配列に人為的なものが多くはいり込み、その時に性が常に不必要な複雑性を導き出している。しかし、「易しいこと」と「単純なこと」とは同一のことがではない。#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)新教育に相応しい種類の教材、方法、そして社会関係を創り出すことのほうが、伝統的教育の場合よりはるかに困難な課題なのである。・・私はよろこんで、新教育が原理上、旧教育よりも単純であることを認めるものである。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)哲学について、民主主義に関するリンカーンの言葉に言い換えて、経験の、経験による、経験のための教育に関する哲学であると述べた。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)教育は経験の内部での、経験による、経験のために発展することが、より一段と明確に、より一段と明確に、よりいっそう誠実に主張されればされるほど、経験とは何であるかその概念が明確になってくるであろう。#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)経験に根ざした教育の中心的課題は、継続して起こる経験のなかで、実り豊かに創造的に生きるような種類の現在の経験を選択することにかかっているのである。→経験の連続性の原理へと続く  #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)誰一人自分自身のために生き、死ぬわけではないのと同様に、いかなる経験もそれ自体で生きたり死んだりはしなものである。あらゆる経験は、願望や意志とはまったく無関係に、引きつづき起こってくる更なる経験のなかに生きるのである。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)経験が生徒に不快感を与えず生徒の活動を鼓舞するものであるとしても、その経験が未来に望ましい経験をもたらすように促すためには、直接的な快適さをはるかに超えた種類の経験が求められる・。このような質的経験を整えることこそ教育者に課せられた仕事。#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)何よりも重要なことは、もたれる経験の「質」にかかっているのである。いかなる経験の質も、二つの側面をもっている。すなわち、それが快適なものであるかといった直接的な側面と、経験がその後の経験にどのように影響を及ぼすかという側面である。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)旧教育を非難するためではなく2つの目的から疑問・第一に、伝統的学校での年少者もまた経験をもっていること、第二に伝統的学校では経験が欠如しているというのではなく、そこでなされる経験の誤った欠陥のある性格--未来の経験に接続するという見地--#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)伝統的教育はこの種の経験を例示するのに事欠かない。旧い教育を攻撃するにふさわしい言い方として・・学習意欲を失わせた・・生徒たちの判断力や新しい場面に応じての知的行動力が、どれほど制約を受けたか・・学習したことが学校以外の生活の場とは無縁・#JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)ある経験は、即時的には楽しいものであるが、それは怠慢で軽率な態度の形成を助長することになる。ところが、このような態度は、さらに引き続き起こってくる経験を変質させてる働きをし、その後の経験から与えられるものを得ることができないようにさせる #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)どのような経験も、つぎに展開してくる更なる経験の成長を阻止したり歪めたりするような影響をもたらすようでは、それは非教育的なものであるといわざるをえない。・・ある経験は、感受性を欠落させ、物事に反応しない状況を生み出すかもしれない。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)真実の教育はすべて、経験をとおして生じるという信念があるが、そのことはすべての経験が本当に教育的なもので、またすべての経験は同等なものであるということを意味するものではない。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)経験および実験というものは説明を要しない、つまり自明の思考様式ではない。むしろ経験や実験の意味するところは、探求されるべき問題の一部なのである。経験主義の意味を知るために、われわれは経験とは何であるかについて理解する必要がある。 #JIEL_Labo

経験と教育(デューイ)伝統的な哲学や実践が拒絶されるとなると、新しいタイプの教育を信じている人たちに、教育上新しいタイプの難問がなべかけられてくるということ・・つまりわれわれが旧教育から離脱したところで問題の解決にはならない・・#JIEL_Labo