Tグループとは No.076 誕生から75年さらなる発展のためのパラダイムシフトに向けて:ナラティヴ・アプローチ(Narattive Approach)とは(4):Kouさんの9つの視点(Part_1)
国重浩一(Kouさん)(2013)は、著書「ナラティヴ・セラピーの会話術 ディスコースとエイジェンシーという視点」において、9つのナラティヴ・セラピーの主要な視点を取り上げています。「ナラティヴ・セラピー」という未知のアプローチを知るために、Kouさんの掲げるこの9つの視点を大事に伝えることを通して、ナラティヴ・セラピーをお話しさせていただこうと思います。
本稿にご関心を持たれましたら、「ナラティヴ・セラピーの会話術 ディスコースとエイジェンシーという視点」(国重浩一著、金子書房、2013)を、是非、お読みください。
(1)人間はストーリーによって生きている
ナラティヴ・セラピーでは、自分のアイデンティティを創造していく作業であると言ってもいいのではないかと思います。「あなたはどんな人ですか?」と問われたときに、「私は・・・です。」と、自己紹介をする時のことを考えてみるといいでしょう。自分をどのように語るか、所属を語る、仕事内容を語る、資格を語るなどの自分の社会生活のストーリーを語ることもできますし、その背後にある考えや価値観を語るなど多くのストーリーを語ることもできます。
それぞれのストーリーが、私たちのリアリティを作り上げることになるのです。ある人は、自分の弱さや情けなさを語るかも知れないし、こんなふうに努力してきてこんなふうに成功したと語るかも知れません。一人の人の中にも、さまざまなストーリーがあり、どのバージョンのストーリーを表現してもどれも「本当の真実」を伝えることができないと理論的な立場に、ナラティヴ・セラピーは立っていると国重さんは記しています。
人を理解しようとする学問において、専門家の解釈や科学的に証明されたという知識が「真実」とみなされるようになっていますが、そこに疑問を呈することが、ナラティヴ・セラピーの根底にあると考えています。
科学的に証明をされた知見としての一般論ではなく、ある特定の一人の個人についての、独自性のある、また唯一性をもつ語り(ストーリー)を探し出すことを大切にしています。
(2)私たちが生きるよりどころにしているストーリーは、真空地帯で生産されるわけではない
「さまざまなストーリーは自分自身の手で、自由に、白紙からつくり上げるようなものではない」とKouさんは述べています。つまり私たちは、自分たちが用いる言語、自分たちが所属している文化、時代、地域の影響から逃れられないということです。
心理学を学ぶとき、テーマを決めて研究を進めるときに、教えられたことは、できる限り主観性を排除すること、また実験的研究の場合には、他の要因の影響がない実験条件を作り出し研究を進めることを推奨されてきました。
そのために、ランダムサンプリングを用い被験者の抽出ということも大事にし、今もそのような方法論が採られています。ただ、どこまでもランダムさを求めても、ある地域、ある大学、ある社会的階層の人々の中から被験者(協力者)を求めることからは逃れられないのです。そして、その集められた人々のもつ背景は、結果に影響を与えていることは考察で述べながらも、できる限り真空状態や白紙の状態での実験を求められてきたのです。
そうした中での研究においても、一般化することの危険性をかなり孕んでいると言うことです。今日の学問では、社会構成主義の思想が受け入れられる研究者の中では、そうした発想よりも、個人や個別性を尊重する研究アプローチを大切にされるようになってきています。
ナラティヴの話に戻ると、私たちが、「自分は誰か」を考えるときには、自分が生活をしている地域の文化、生きている時代、使われている言語の影響を受けながら、自分を語ることになるのです。
Kouさんは、「私たちの主体的体験はしばしば、自分たち自身の所有物だと思われがちである。が、そのほとんどは、私たちが泳いでいる文化というプールに浮かぶストーリーから生産されるのである。」といったウィンズレイとモンク(Winslade & Monk, 1999)の一節を引用しています。
こうした視点は、バーの述べる社会構成主義の特徴的な思想がそのままベースになっていると考えてもよいのではないかと思います。
1.仮定される知識に対する批判的スタンスをもつこと
2.歴史的および文化的特異性を考えること
3.知識は社会的プロセスによって支えられていること
4. 知識と社会的行動は共にあるということ
(つづく)